HOME | 【取材】イノベーション風土について

【取材】イノベーション風土について

HOME | 【取材】イノベーション風土について

イノベーションをもたらす組織風土について

立教大学 経営学部 助教 田中 聡 氏

立教大学助教 田中聡氏

Q:日本の大企業から新規事業/サービスが生まれにくいという話をよく聞きますが、なぜでしょうか? そもそも日本の大企業は組織サイズが大きく、新規事業をゼロから生み出すインセンティブが生まれにくい、という構造的な問題があると思います。売上が数兆円規模の大企業にとって、年間数億を生み出す新規事業は価値はあっても帳簿上は「誤差」の域を超えません。経営層としては既存事業とのスケールが違いすぎるので、相対比較した時に意思決定のゆがみが出るのは一定仕方がないとも言えます。
このような環境では、大企業から新規事業が育つことは難しいと思います。大企業は事業の切り分けをし、事業サイズを小さくし、昔のNTT分社化のように小型化させた企業体の中から、それぞれの会社ごとに新規事業を育てていくというアプローチが望ましいのではないでしょうか。
 
■Q:でも、中途採用で新規事業開発者の採用について相談を多く受けますが?
新規事業に関する採用を行う際、実際に事業を生み出そうという狙いの他に、
①優秀な人材を採用したい
②新しい風を入れて、社内の風土を改革したい
という狙いがあると考えられます。本当に新規事業を作りたいのであれば、ただ新規事業を立ち上げて欲しいという曖昧なオーダーではなく、どれくらいのサイズ感を求めているかを経営の中で意思決定すべきです。規模や期間。そもそも、その外枠の設定がない中で走り出してしますと頓挫します。
 
■Q:新規事業開発者の採用選考時に、事業プランのプレゼンを課すケースも多くありますが?
新規事業の成功は、アイデアの良し悪しだけでなく、事業化への基盤や風土がその会社にあるかどうかが重要です。そういう点で、プランの内容だけを採用基準にはすべきではありません。
アメリカの研究で明らかになっていますが、新規事業が成功するのは、アイデアの内容や社員の能力ではなく、それを実現する社内のネットワークがあるかどうかによります。社内に事業化へのブレーキ要因がない場合のみ、新規事業は成功します。アイデアを通すための組織的な協力体制や支援があるかどうか。ただ、実際には多くの場合はアイデアばかりを求めているから、うまくいかなくなる。アイデアを通すための組織体制を作ることこそが必要です。事業を進める中で、他部署からやたら反対される、八方塞がりになってしまい、エースを投入したのにうまくいかない、という事態が散見されるのです。

■Q:ご指摘の状態を経営層が理解していないからでしょうか?それとも組織文化として難しいのでしょうか?
どちらもありますが、今の経営者は、大企業で自らが事業を作ったことがある人ばかりでもありません。既存事業をスケールさせた人のほうが多いと思います。ゼロから事業を生み出すこととは全く違います。そうなると、その事業創造のための軋轢を理解していない中で、意思決定にズレが生じてしまいます。
逆に事業創造してきた経営者にとっては、過去に自分が作ってきた事業を壊されたくない、古巣のメンバーのことを思うと二の足を踏むなど、心理的な抵抗感が知らず知らずに生まれてしまう。こういう矛盾をはらんでいるのではないでしょうか。
でも一番のネックは、今の経営者が任期制であること。サラリーマン社長にとっては、新規事業が当たるかどうかもわからないのに、在任期間中にあえてやらなくてもいいという考えだし、ここに起因していると思います。会社の100年後を考える人は、創業者でしかありません。急に抜擢されたサラリーマン社長が、100年後の会社の在り方を考えることはなかなかできません。
 
■Q:新規事業をやりたいという人は、どこへ入社すればいいでしょうか?
ベンチャー企業か大企業という観点ではなく、事業が生まれやすい組織・風土があるかどうかを意識することが重要です。ただ、その前に自分が新規事業に向く人かどうかを自己分析してみることをお勧めしたいです。私の研究で明らかになったのは、以下の通りです。
    (向く人)               (向かない人)
・成長志向(学習目標思考性)     ・業績思考(業績目標思考性)
・成長・自己変化ドリブン       ・業績達成ドリブン
・何歳でも成長する          ・遺伝的、15歳までで決まる
   (学習的知能観)             (固定的知能観)
・成長できる仕事、やったことない仕事 ・能力の高さが証明できる仕事
・努力不足だった、アプローチ間違いだ ・才能なかった、能力に限界があった
・次回以降はやりたい         ・次回以降は同じ仕事をやりたくない
・プロセスが未知・挑戦的       ・プロセスが分かりやすい、クリアできる
・膨大な失敗とトライの数をしている  ・変化が怖い、未知が怖い

そもそも新規事業は膨大な失敗がほとんどなので、膨大な失敗から学ぶ必要があります。だからこそ、失敗から学ぼうとする成長的志向が高い人のほうが合います。
業績高く残している人でも、成長志向が低ければ、抜擢されても失敗する。既存事業のエースを抜擢すればいい訳ではありません。未知を楽しめる人のほうが良いと思います。

 
イノベーションが生み出されるイメージ

■Q:既存事業でくすぶっていても、成長志向が高い人を抜擢する方が良い場合もあるのでしょうか?
そうですね。既存事業から外され、出世コースから外れたと割り切って新規事業に臨むほうが、実は成功するケースもあります。既存事業のエースでも、未知の領域が怖い、新規事業は不安です、という人は、抜擢しないほうがいいです。既存事業でのキャリアがあるのに、後ろ髪惹かれる想いを持ったままエースを投入しても失敗しがちです。
でも、新規事業に前向きな人なら、必ずプラスに作用するという訳でもありません。新規事業アイデアなんて、世の中の誰かが既に考えている事が多いのだから、それをやってみてもうまくいかないケースが多くなります。どっちかというと、わくわくする/やってみたいという人に、一定の枠の中で定義した新規事業案を渡してあげたほうがうまくいったりもします。
例えば、新規事業企画室に『会社の方針で異動した』という人と、『新規事業コンテストで優勝して抜擢された』という人とでは、前者のほうが高いパフォーマンスを残したりします。要は、新規事業の任せ方が重要ということです。仮に新規事業コンテストなどから事業化するなら、事業化までのサポートまでをしっかりと描かないと成功しません。起案までは綿密に練られていたりしますが、その後のフォローを考えていないケースが多くあります。さらに言えば、失敗した後のネクストキャリアまでを用意してあげておくことが重要です。新規事業に失敗し、あの人はどこ?的なことになってしまうケースも多いのです。そうなってしまうと、それを見ている周囲のメンバーは、誰も新規事業にチャレンジしたいとも思わなくなってしまいます。

 
■Q:会社側としてやるべきことをまとめると?
まずは、抜擢する人選の前に、会社として新規事業の定義をしっかりと行い、その後の任せ方やレールの設定をすることです。人選ミスよりも、その後の支援面でのミスをなくすことの方が効果的です。すぐれたアイデアをもっていても、つぶれてしまう前提を理解しておくこと。誰もやったことがないからこそ新規事業なのです。もはや新規事業は確率論でしかありません。アップルがイノベーティブカンパニーと言われていますが、事業に失敗した件数を並べた企業ランキングでもおそらくアップルが上位になるでしょう。それだけ市場に対して数を打っているということです。結局、マーケットに対して数を打っているかどうかが、新規事業には重要となります。柳井さんの一勝九敗や、イチローの凡打の数などは、ごもっともな意見です。それを、経験したこともない経営陣が、さもわかっているように新規事業アイデアを評価し、全体的な士気を下げてしまっていることのほうが問題だと考えています。
やるべきことは、どれだけの新規事業を市場に投入できたかという投入数をKPIに設定することです。投入量はコントロールできます。この投入量を増やすには、カルチャーが重要となってきます。
例えば、リクルートやサイバーエージェントがとにかく大切にしているのは、新しい事業に取り組む風土づくりです。サイバーエージェント取締役の曽山さんは「挑戦と安心をセットに」とおっしゃるが、本当にその通りだと思います。挑戦と安心は対立概念ではありません。挑戦する人ほど、安心感を持たせてあげることが必要です。踏み台としての安心です。
「失敗経験は会社の資産」であり、仮に失敗しても、元の役職よりも上のポジションで処遇してあげるなども有効かもしれません。先んじて学習してくれてありがとうというくらい、あらゆるチャレンジはすべて学習なんだという考えや風土こそが、重要だと思います。
 
■Q:採用戦略上、新規事業を謳う会社は多くありますが、どう見極めるべきでしょうか?
社長の職責に、新規事業というキーワードが入っているかどうかが重要です。本来であれば、新規事業は、経営課題の一丁目一番地のはず。それを担当役員に任せっきりにしたりすると、何をやっているのかと不思議に思います。外資グローバル企業は、組織サイズに関わらず、経営トップのミッションに新規事業が入っています。逆に、既存事業は担当役員に任せていることのほうが多いくらいです。これからの次世代経営者が、事業を作る経験をもつべきです。概念理解ではなく体感レベルでの理解を持った経営者を培っていくことが重要です。今後の次世代経営人材は、こういう経験を積んでいく人が多くなるはずです。
■Q:失敗経験を積め、という訳ではないのでしょうか?
それはちょっと違います。一発必中よりは多産多死のほうが良いのですが、失敗OKという訳ではありません。人材育成のための新規事業ではありません。そうなると社員のマインドが違ってきます。失敗してもいいよ、と言いすぎないこと。言いすぎると負の影響をあたえることになってしまいます。多産多死のマインドはいいけど、どう現場に伝えるかが重要になってきます。事業の成功と失敗という評価軸ではなく、事業創造を通じて何を学び、学習資産をどう会社に残したのかという部分を評価できる仕組み作りが必要だと思います。事業成果だけではなく、学習資産が生み出されるのであれば、それをしっかりと評価するべきです。学習資産自体が、会社への貢献となります。
失敗ウェルカムではないですが、失敗してもまたチャレンジしようと思える安心感をセットにすることが必要で、そのための人事制度や仕組み、風土醸成が極めて重要となります。
 
■Q:他の観点で、新規事業を成功に繋がる点はありますか?
新規事業の成功は、越境学習による部分もあります。他者の支援と新規事業の業績の関連を分析した結果、「経営陣との関わり」と「社外の新規事業担当者との関わり」が、新規事業の業績にプラスの影響を与えていることが分かってきました。経営層からは、振り返りの視野を促されること。そして、社外の新規事業担当者からは、業務的な支援を促される。社外の関りをもう少し分解すると「知の深化」と「知の探索」という考え方になります。イノベーションの理論の中で、「両利きの経営」という言葉があります。

・知の深化:今あるアセット/資産を使って、コアなコンピテンシーが何かを突き詰めて事業を伸ばす。
・知の探索:新しい社外の知を取り込む。

この二つのバランスがとれていることが、両利きの経営と言われていますが、両利きの経営のためには越境学習が重要となります。外と繋がり、自社に取り込む動きをさせることこそが重要です。外にいる新規担当者と繋がりを持たせること。最近のオープンイノベーションというのは、まさにこの観点をついた取り組みとも言えます。あとは、物理的な空間提供(シェアオフィス)も同様です。繋がりやすくなる環境の提供も、非常にプラスの影響をもたらします。
 
■Q:もっとオープンな社外ネットワークを作ってあげることが重要ということでしょうか?
会社としては、エースを囲い込みたいでしょうが、外部ネットワークを作ってあげたほうが成功に繋がりやすいものです。でもアイデアが創発されたとしても、会社の支援がないと難しい点は忘れてはいけません。新規事業の開発支援には、組織風土改革がセットで考えられるべきです。
 
■Q:となると、副業/兼業は知の探索に繋がるのではないでしょうか?
繋がりますが、単に副業解禁だけでは難しいと思います。風土もセットで変えていかないと難しい。今は副業解禁などの制度を変更して終わりになっている気がします。「社外の勉強会に行くので早く帰ります」と言った途端、突然上司の顔が曇ったりするということをよく聞きます。さらに、転職するのか?と問い詰められたりもします。今は、まだまだ隠れ越境学習みたいにこっそりと行っているケースが多いのではないでしょうか。これではだめです。
まずはマネージャークラスが率先して社外と交流したり、副業を始めてみるべきではないでしょうか。そうやって、いかに既存事業にメリットがあるかということを経営層や社内に伝播していくことが重要です。風土もセットで変えに行くことが、新規事業を成功に導く観点では重要となります。
 
こういう観点では、今は副業にせよ、越境学習にせよ、いろんなサービスが出てきているので、始めやすくなっていくと思います。個人も会社も、当たり前に副業や越境学習が進む世の中に、ますますなっていくのではないでしょうか。

 

【プロフィール】
田中 聡 氏

立教大学 経営学部 助教
株式会社パーソル総合研究所 フェロー
一般社団法人 経営学習研究所 理事

1983年 山口県周南市生まれ。東京大学大学院学際情報学府 博士課程修了。博士(学際情報学)。2006年 株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門での実務経験を経て、2010年 同グループのシンクタンクである株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社リサーチ室長・主任研究員を務めた後、2018年より現職。専門は、経営学習論・人的資源開発論。働く人と組織の成長・学習を研究している。株式会社パーソル総合研究所 フェロー。一般社団法人経営学習研究所 理事。

 
立教大学助教 田中聡氏
倒れた鉛筆

取材を終えて

イノベーションを生むためには、経営の意思と組織風土が重要であり、そのために、両利きの経営を加速させることこそが、今の日本には必要であると認識しました。  
風土を変えることは一朝一夕にはできないからこそ、始めるタイミングを前倒すしかありません。他社が実施する前に自社が仕掛ける。横並びを待っていると、風土の差別化が遅れるだけです。管理職が率先して副業を行い、組織風土自体も変えに行く。
そして、個人も同様に、忙しさを言い訳にするのではなく、マネージャー陣やミドル・シニアこそが積極的に外に目を向け、副業・兼業や越境学習を進めることで、おのずと自社のイノベーションの創出に繋がるという点を、再認識する取材となりました。